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世界のはらわたの中へ  外へ、遠くへ、と船を進めていくうちに、いつしか空間は内側に折れ曲がり、外だと思っていたところは、じつは世界という怪物のはらわたの中だった。ヨナもエイハブも、そうやって世界のはらわたの中に呑み込まれた。そこでは人間はもはや世界の主人ではなく、魚たちといっしょに海水の中を翻弄される存在でしかない。引き上げた魚を人間が洗っている。その人間がシャワー室で体を洗っている。この二つの行為は、世界のはらわたの中ではまったく同等なのだ。あらゆるものが渦を巻き、相互貫入し、響きが意味を呑み込んでいく。ついにドキュメンタリー映画の限界が突破された。中沢新一(人類学者)

誰が考えたのでもない、映画の新しい地平が、嵐のように出現した。そこにおいて我々は、波であり星であり魚であり海鳥であり船であり網でもある。すべてを平等につなぐこの視線が激しく愛おしい。樋口泰人(boid)

魚類の臭気が眼球の裏にへばりついて離れねえ!GoProってチープなカメラが、よってたかって線虫のようにオレの毛穴から侵入して来る。全アーティストよ!こいつは見ねえと後悔するぜ。椿 昇(コンテンポラリー・アーティスト)

生きるために他者を殺す。弱肉強食という掟。しかし、映像が描くのはそんな自然界の掟を遥かに超えた、おびただし血しぶきである。荒ぶる神とは何者か。人か、海か、海の生物たちか。映像とサウンドの速射砲が、われわれの五感を攻撃しつづける。石井達朗(舞踏評論家)

記号的なカルチュラルスタデイーズの方法論がおわりをつげ、感覚や感情によって対象を観察、記述する方法が現れてきている。リヴァイアサンは、海の怪物である。そしてその怪物性は漁師、機械、舟、波、魚や鳥など。この映画にのみこまれたすべてのものから圧倒的な迫力で放出されている。長谷川祐子(キュレーター、美術評論)

インダストリアル・ミュージックか、ヘヴィ・メタルか、はたまたエレクトロニカなのか!?録音・整音チームが手掛けた、まるで音楽のようなサウンドトラックにも耳を傾けてみてください!武川寛幸(元・吉祥寺バウスシアター/爆音映画祭 スタッフ)  

こどもは、生きているものを殺し、死んでいるものを生き返らせ、また生きていないものに生命を吹き込むことを、「想像」という術でいとも簡単にやりのけてしまう。現代のおとなは、「映像」という魔術の力を借りなくしてはそこへは到達出来ない。この映像体験は我々をこども時代へと誘導する。そしてそこは混沌としていて善悪未分化の危険な領域でもある。ヴィヴィアン佐藤(美術家・ドラァグクイーン)

人間中心主義のイデオロギーがうんざりするほど世の中を席巻し、お陰で地球までが破壊されかかっている現代に本作が撮られたことに、胸のすく思いがしている。想田和弘(映画作家)

度肝を抜かれた。「ウォール・ストリート・ジャーナル」スティーヴ・ダラー

泡立つ無作為な表現主義。激しい水飛沫と衝撃的な水没。一流の美術作品は野性の恐怖と隣合わせなのだ。「ニューヨーカー」リチャード・ブロディ

ゲームの規則は書きかえられた。仰天するほどスリル満載、ジェットコースターのような体験。「フィルムメーカー・マガジン」ロバート・グリーン

古臭いドキュメンタリー論をぶっ飛ばす!「ヴィレッジ・ヴォイス」メリッサ・アンダーソン

あらゆる意味でセンセーショナル。「アートインフォ」J・ホバーマン

リヴァイアサン