DIRECTOR'S STATEMENT

ルーシァン・キャステーヌ=テイラー ヴェレナ・パラヴェル Lucien Castaing-Taylor  Véréna Paravel

私たちはまず陸地で撮影をはじめました。ニューベッドフォードという町の肖像画を描こうとしていたのです。メルヴィルと「白鯨」における、あの神話的な町としてのニューベットフォードと、かつては世界の捕鯨の中心地だった町としてのニューベットフォードとの何らかの差異、あるいは緊張を描き出したかったのです。その後も苦労の多い歴史は続き、捕鯨の終焉と漁業の斜陽と繊維工場の没落後も町は命を長らえていたのです。

陸の映像の一部はかなり気に入ったものもありましたが、結局ボツにしました。陸で撮ったどんなものより、海の世界は圧倒的におもしろく、並はずれていて、異様だったのです。

水中に押しこまれ、沈められたカメラが、ようやく水上に「息つぎ」に出たときに録音された音は、まるで機械の「あえぎ」のようでした。ふたたびカメラが水面下に押し戻されたとき、深い唸りや奇妙なメロディーさえ聞こえてきそうな感じがしました。まあ、とにかく……薄気味悪い音でした。あの小さなカメラは、みんなで映画づくりに参加するという、人類学で「共有人類学」と呼ばれたりもする私たちの目論見にぴったりでした。おかげで漁師の身体に、さらには魚にさえも近づく方法が見つかったのです。

私たちはものの見かたの多様性をつくりだすことで、人類を相対化しようとしたのです。人類と無数のモノ、人類と他の動物、人類とその他の物象――元素、地球、空、海、船、機械、魚、甲殻類、ヒトデ……。つまり、人類と現代の漁業に関わる生態系のすべてとの関係性のなかで、たくさんのものの見かたを通じて、観客は自然と人間との関係を問い直すのです。

リヴァイアサン